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こだわりが強いと可能性を捨てること

テレビを見ていて、「自由」という考え方が自分の中で形になった場面があります。

車椅子を使っている方が、建物の4階に上がる必要があり、エレベーターを使って移動していました。普段であれば、それで問題なく目的地にたどり着けます。

けれど、もし火災や地震が起きてエレベーターが使えなくなった場合、どうなるでしょうか。

本来であれば、多くの人は階段を使って降りることができます。
しかし、車椅子を使っている人にとっては、その選択肢が現実的ではありません。

この状態が「不自由」と表現されていました。

その説明を聞いたとき、自由とは何かが少し腑に落ちた気がしました。
自由とは、特定の手段を持っていることではなく、状況に応じて選べる手段があることなのだと。

この出来事を思い出すたびに、自分自身のこだわりについて考えることがあります。

自分の中には、「これじゃないとしっくりこない」という感覚が少なからずあります。
やり方や順番、環境や道具など、細かな部分に対するこだわりです。

それらは、自分の満足感を高めてくれますし、追求することで心地よさや納得感も生まれます。
こだわりを持つこと自体は、自分らしさを形作る大切な要素でもあります。

ただ、その一方で、こだわりは選択肢を狭めるものでもあります。

「これじゃないとだめ」と思った瞬間に、他の可能性を自分で手放している。
つまり、ある程度の自由を、自分の意思で捨てているとも言えるのかもしれません。

自由とは選べることだとすれば、こだわりとは、選ばないことを決める行為でもあります。

もちろん、それが悪いわけではありません。
自由を広げていくのも一つの生き方ですし、こだわりを深めていくのもまた魅力のある選択です。

どちらかに振り切るのではなく、そのときどきでバランスを取りながら、自分なりのあり方を探していきたいと思っています。必要なのは「今回はこっちだな」とちゃんと選べるようになること。

可能性を広げるのか。
それとも、これでいいと決めて絞り込むのか。

その間にある、ちょうどよい塩梅を見つけていくこと。
それが、人間味というか、自分ならではのやりたいことを追い求める姿勢なのかもしれません。

自由を保つために選択肢を残すのか。
満足感を得るためにこだわりを深めるのか。

どちらも持ちながら、少しずつ、自分に合った形を探していきたいと感じています。

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