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SaaSは死んだ論、Lispの話を思い出す

「SaaSは死んだ」という言葉を最近はよく見かけます。特に日経辺りが頻繁に使っているのか、本当によく使われているのか目につくようになってます。

少し強い言い方だなと思いつつ、どこか引っかかるものがありました。今まさに使っている生成AIも、形としてはSaaSのはずだからです。むしろ増えているようにも見えるのに、なぜ「死んだ」と言われるのか、少し考えてみたくなりました。

こういうときに思い出したのが、技術書の「ハッカーと画家」に出てくるViawebの話です。Lispでサービスを作っていたというエピソードで、当時としては珍しい選択だったようです。

ただ印象に残るのは言語の特殊さではなく、「速く作れるから選んだ」という点でした。

少人数でも思いついたものをすぐ形にできて、試して違えばすぐに変える。その繰り返しができること自体が強みになっていました。重たい開発をしているチームよりも、軽く動けるチームのほうが結果として前に進んでいく、という話です。

この話は、今の状況にも少し似ている気がします。生成AIが出てきて、今までのSaaSが置き換えられているという見方があります。たしかに、これまでの機能がそのまま使われなくなっている場面はあると思います。ただ、それを見て「SaaSが死んだ」と言うのは少し違う気がします。生成AI自体が、より抽象度の高いSaaSとして存在しているからです。

そう考えると、起きていることはシンプルで、変化できるものに置き換わっているだけなのではないかと思います。固定された機能を提供し続けるサービスは、より柔軟に振る舞えるものに置き換えられていきます。一方で、変化を前提にしているサービスは、むしろその流れに乗っているように見えます。

少し話は変わりますが、以前書いた紅茶の話でも似た感覚がありました。分量や時間で味が大きく変わるので、その都度調整していくしかありません。一度決めたやり方をそのまま続けるよりも、その場で少しずつ変えていく方が、結果としてうまくいくことが多いです。

サービスもそれに近くて、最初に作った形を維持することよりも、変え続けることの方が大事なのかもしれません。

Lispの話も、生成AIの話も、結局は同じところに落ち着きます。特別な技術がすごいというよりも、変化できる状態を持っているかどうかです。「SaaSは死んだ」という言葉は、そのまま受け取るというよりも、変化できないものが残れなくなってきた、くらいの意味で見るとしっくりくる気がしています。

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